2013/01/25

今までで最長時間の移動





ー 12月15~16日 ー
12月15日、
今日でバラナシともお別れ。
朝7時前からいつもの屋上でいつものバナナクレープを食べると、
7時半にお願いしたタクシーに乗って駅へと向かった。

駅は少し離れた所にあるムガルサライ駅。
向かう道の途中では猪まで見ることが出来たり、朝はベランダに猿がいたりで、
バラナシではホントに多くの動物を見ることができた。
しかもナミビアのエトーシャ国立公園にはいないBIG5のうちの一つであるバッファローが
普通に人々と共存していることが驚きだ。

約一時間かけてムガルサライ駅に到着すると、ここからが大変だった。

今回の移動はバラナシ→アーグラ間で予定移動時間は9時間。
朝9時出発でアーグラへの到着予定は18時の列車だ。
遅れることで有名なインドの列車だが、まさかここまでとは思っていなかった。

まず駅についてから電光掲示板を見に行くと、うちらの列車の表示がなかった。

出た、インド、、、

窓口の方を見るとヒンドゥー語で書かれた張り紙に群がる人々。
とりあえず窓口で列車が遅れていることを聞いたり、
掲示板に張り出された大量の張り紙をチェックしたり、
結局掲示板には表示されないままだったが、とりあえず2番ホームにくるらしいことは分かった。
その時すでに時間は9時過ぎ。
これでもし時間通りに列車が来ていて発車していたら、、、という不安もありつつ、
急いで2番ホームに向かうと表示されている列車の番号が違っていた。

マジか、、、
じゃあどこだ。
ってかまだ行ってないよな、、、

急いで駅員やスタッフを探すも一人も見当たらないホーム。
焦りながらも荷物を引きずりホームを行き来すると、
なんとかスタッフルームを見つけることができた。
列車のチケットを見せ何番ホームかを尋ねると、5番だよ、と教えてくれたおじさん。
ありがとう、と言って再び急いで5番ホームへと向かい掲示板を確認してみると、
今度はちゃんと列車番号が合っていた。
とりあえず良かった。
まだ列車は行っていない。
それにしても分かりづらすぎるインフォメーション。
自分の列車を見つけるだけでこんなに苦労するとは思わなかった。

今回うちらが乗る席は3等のエアコン付き3段ベット。
自分たちの場所を見つけると、インド人のおじさんとうちらだけの3人しかいなかった。
よし、これでかなりゆったり座れる。
席に着くとすぐにやってきた弁当売りのおじさんがあまりにもしつこいので、
まだお腹は空いていなかったが、とりあえず一つだけ買うことにした。

結局1時間遅れで列車が走り出すと、あとはのんびり本を読んだりしながら過ごした。
始めは6人部屋で3人しかいないし楽でいいな、なんて思っていたのだが、
ある大事なことに気づいてしまった。

列車が全然動いていない。

かれこれ4時間以上経つにも関わらずほとんど動いていなかった。
本読んだり、昼寝したりして過ごした間に進んでいたのはほんの少し。
遅いな、なんて呑気に考えていたが、これは遅いなんてものじゃない。
試しにiPhoneのマップで現在地を確認してみると、
4時間かけてもまだ30km程しか進んでいなかった。
いやいやいや、それはさすがにないでしょ。
でも今まで間違えたことのないiPhoneさん。
ただiPhoneはネットがないと現在地も分からないはずだ、そんな微かな希望を抱きつつ
恐る恐る現在地を隣のインド人のおじさんに確認してみた。

すると、、、
やはりiPhoneの正解。
iPhoneさんが間違えているはずがなかったのだ。

マジか、、、
今日だけは間違いであってほしかったのに。

となると4時間かけて全行程の10分の1も進んでいないということになってしまう。
単純に考えてこのままのスピードで行くとアーグラに着くのは明後日だ。
まぁでもそんなことはあるわけないし、
最悪でも明日の昼くらいには着くかな、なんて思っていると
次に停まった駅で人の良さそうな4人家族がうちらの前に乗ってきた。
3段ベットに4人来た時点でオーバーだけど、なんとか詰めて座る家族。
他の人達も一切遅延に関してはリアクションしないし、
キツキツな感じで最後まで頑張るしかなさそうだった。

乗り始めてすでに5時間。
あまりの遅さに心配になり、家族のお父さんに聞いてみると、
どうやら4時間以上の遅れらしい。

やっぱり、、、
それでも4時間遅れならばアーグラには夜10時くらいには着くはず。

その後も我慢しながらのんびり列車は進んだ。

10時間も経つと今度はお腹が減ってきてしまったうちら。
何度も弁当売りがやってくると思っていたのに、実際来たのは最初の一度きりで、
あそこでお弁当を買っていなかったら更に空腹は深刻だったに違いない。
弁当売りと大きな駅に停まるのを待ちながら進んでいると、
更に大事なことに気づいた。

列車が全然動いていない。

あまりの遅さに心配になり、ちょっとお父さんに聞いてみると、
今度は6時間以上の遅れらしい。
なにこの聞く度にどんどん遅延が増していくシステム。

それが本当となるとアーグラに着くのは夜の12時。
いよいよ嫌な時間に到着する感じになってきてしまった。

家族とたまに話しながら食べ物を買える大きな駅を教えてもらうと、
いつ発車するか分からない停車時間になんとか買い出しに成功。
ただ買えたはいいが、弁当らしきものは見つからず手に入ったのは
変なサンドイッチが二つだけだった。
味も分からないし、何が入っているのさえ分からない。
それでも限界に達していた空腹を抑えるにはありがたかった。

食べ終わった頃にお父さんから聞かされた今度の到着予定時間は、朝の2時。

マジか、、、
一番中途半端な最悪な時間になってしまった。

もう遅れるのは仕方ないとしてとりあえず10時も過ぎていたし、みんなベッドで寝ることにした。
2時到着予定のため目覚ましを朝の1時半にセットすると、
貴重品が入ったバッグを枕元に置いて、就寝体制に入った。


12月16日、
ウトウトしながらも、右手には目覚ましをセットしたiPhoneをがっちり握り、
ようやく眠りにつく。
それでも眠りが浅いせいか時々目が覚め、その都度時計をチェックしていた。
そんな状態が続く中、何回目かに起きた時に焦りを感じる。

おかしい、、、
まだ目覚ましが鳴らないのか、、、
なんか寝過ぎている気がする。

焦って時計を確認すると、時間は朝の3時。

やばい!!!
到着予定は朝の2時。
最悪だ、乗り過ごした!!!!

電車が止まっていたので慌ててベッドを降り、ドアに急ぐと一人の男性が立っていた。

「ここどこですか!?」
「アーグラだよ、そんな長い時間は停まらないよ」

マジで!!!
奇跡きた!!!
「ありがとうございます!」

良かった!!
まだ乗り過ごしていない。
結局9時間以上遅れたんだ。

慌てて席に戻り、ちぃを叩き起こすと、荷物をまとめて出口に急いだ。
ここで出発してしまったらマジ最悪だ。
この時ばかりは俺の必死さからちぃの目覚めの早さも尋常じゃなかった。

出口に着くとまだ閉まっていたドア。
さっきのおじさんもアーグラで降りるといいながら、まだそこで立っていた。
あれ、、、
もう着いたんじゃ、、、

実は停まっていたのは駅に着いたためでなく、
さっきから線路の途中で無駄に停まっているのと同じパターンだった。
まぁ、でもとりあえずこれでアーグラを乗り過ごさなくて済む。

それからもゆっくり進みながら、アーグラに到着したのは朝の3時半。
結局乗っていた時間は18時間半になった。予定より9時間半の遅れだ。
それにしても疲れた、、、
おじさんと一緒に列車を降りると、
「この時間にタクシーを拾うのは危険だから、朝になるまで駅で待った方がいい」
と言われたので、おじさんと握手をして駅で別れた。

おじさんに案内された待合室で席に座ると荷物を下ろして休憩。
眠いし、疲れたし、椅子痛いしで、ぐったり眠っていたら、
ちぃが男と話している声がして目を覚ました。
時計を見ると時間は朝の5時半。

眠過ぎて何を話しているのかよく分からないが、
どうやらトゥクトゥクの男にホテルまで乗せていくからと迫られていた。

聞くと値段も高いし、怪しいし、違うホテルに行こうとするしで、
二人で断るもホントにしつこい男。
もうとにかく寝させてくれ、トゥクトゥクには乗らない、と言って無理やり眠りについた。
それから寝たのか寝てないのか分からない状態のまま朝の7時を迎えると、
再びやってきたさっきのトゥクトゥクの男。

あまりのしつこさにちょっと笑ってしまったが、
今度は安くするし、違うホテルにも行かないから乗ってくれ、と迫ってくる。
いやいやいや、乗らないし。
ってか違うホテル連れてかないの当たり前だし。
本気で嫌な対応をすると、なんとか男も諦めて帰っていった。

駅でトイレを済ませると、今度はちゃんとしたトゥクトゥク探し。
どいつが良い奴でどいつが変なやつか、これはホントに自分の勘にかけるしかなかった。
駅を出ると近くにいたおじさんが悪い奴じゃない気がしたので、
とりあえずそれに乗ることに。

乗り始めて今回のホテル名を告げると、色々話しかけてくるおじさん。
名前を聞かれたので、俺の名前を教えるとおじさんのテンションが急変した。

「KOTA!!!??? Oh,,, It's dangerous name!!!!」 

えっ、何、、
何この展開?

それからコータについて色々話し始めてきたおじさん。
英語もよく分からなかったが、どうやら前にコータという日本人が
ここでいなくなったか、悪いことをして、
アーグラの町中の人達が必死になってコータを探しまわった、ということらしい。

なるほど。
(ネットで調べたら2006年あたりにコータという日本人男性がここで行方不明になっていた)

そんな感じであっという間に今回のホテルに到着。
チェックインを済ませると、朝食を食べて、部屋に入るなり死んだように眠った。

午後1時くらいに目を覚ますと、ランチを食べに外へ。
数多くのトゥクトゥクを無視して道路を渡ると、猿の多さに驚いた。
その数はバラナシの比ではない。
何匹もの猿がのんびりと暮らし、隣を見ればラクダの乗り物。
相変わらずインドは色々な動物が見れて面白い。

プラプラ巡りながらも、ガイドブックに名前だけ載っていた
「Zee CAFE RESTAURANT」を発見するとここでランチを食べることにした。
注文したのはラッシーとたまごカレーと野菜炒め。
日本人や韓国人にも人気らしく、味はそこそこ美味しかった。

食べ終わるとちぃはヘナタトゥに挑戦。
(ヘナタトゥとはヘナという植物の葉っぱから抽出した自然の染料で肌を一時的に染めること)

カフェの壁にヘナタトゥの張り紙があったので尋ねてみると、
やってくれるのはなんとカフェのおじさんの奥さんだった。
しかも案内されたのは完全に家。
子供達が好奇心いっぱいで見守る中、ベッドの上でのヘナタトゥが始まった。

ちぃがやってもらっている間は子供達の英語の教科書を見せてもらったり、
カメラで写真を撮り合ったり、平和なふれあいタイム。
ちぃのヘナもいい感じに仕上がり、子供達とも別れると、
次はちぃのスパを予約するためにアーグラ一の高級ホテル「The Oberoi Amarvilas」に潜入した。
警備が立つ門をくぐりセキュリティチェックをクリアすると、
そこはインドとは思えない別世界。

やばい、奇麗すぎる。
外とのギャップがこんなにある場所は初めてだった。

美しく整えられた中庭を通り中に入ると、スパの予約をしようとしたのだが、
宿泊者以外は受けることができないらしく、空しくホテルを後にするしかなくなってしまった。
そのままホテルを出ようとするとふと目に入ったショップ。
この帰る前に訪れたホテル内の本屋がとても良かった。
置かれているグッズのレベルは高いし、本も良いのが置いてあるし、
感じのいい男性店員はおしゃべり好きで色々なことを教えてくれた。

カースト制度が廃止された今もその名残は大分残っていること。
結婚相手は同じ位の人とでないとならず、それは親が決めるということ。
サリーの着方は地方毎に異なるということ。
インド全体の言語は200種類以上あるということ。
ヒンドゥー語は20種類以上あり、90%は同じでも10%は微妙に違うということ。

他にも色々なことを話したがとても楽しい時間だった。

高級ホテルを出ると、今日はそのままホテルに帰り、
併設されたレストランでディナー。

タンドリーチキンが異様にうまかった。


それでは写真のハイライトで。




いい感じのスタッフとバラナシの猿



アーグラの野猿







アーグラ街並












Zee CAFE RESTAURANT





The Oberoi Amarvilas

2013/01/23

バラナシが面白過ぎる




ー 12月13~14日 ー
12月13日、
朝食はガンジス川ビューの屋上でバナナクレープとコーヒー。
宿のスタッフの若者たちもみんないい感じだし、朝食も美味しいのだが、
ただ一つ問題なのは、
ガンジス川が霧で全く見えない事だった。

いやいやいや、霧のレベルじゃないでしょこれは。

ってか屋上の柵以外何も見えないし。
もはやどんだけ濃いんだと、笑うしかなかった。
笑えないけど。

隣にいたケープタウンから来た白人家族と少し話しながら、
あまりの霧の濃さに苦笑いで部屋へと戻った。

準備を済ませ部屋を出ると、宿のオーナーにアーグラ行きの夜行列車のチケットと、
アーグラからデリーに行く列車のチケットをお願いした。
チケットは駅にある外国人用窓口で自分で購入することもできるのだが、
なんたってここはインド。
その行為だけで相当な労力を要するのは容易に想像できた。
実際みんなチケットを買う為に相当大変な思いをしていたし、
今日は休みだ、とか、ここは違う、とかたらい回しにされたあげく
違うツアーなどを勧められてしまうらしい。

優しく日本語もペラペラなオーナーにお願いすると、
安心してバラナシの町へと繰り出した。

微かに対岸まで見え始めたガンジス川を横目にプラプラ散歩。
すると、今度は牛ではなくヤギに遭遇した。
じっとガンジス川を眺めているヤギ。
町には猿も出るみたいだし、ここにいれば相当な数の動物に出会えるかもしれない。

ヤギに癒された後に今度見かけたのは牛のウンコをひたすら丸めて干しているおじさん。
おはぎ状にきれいに整えられたウンコ爆弾をいくつも並べていた。
牛の出したてホヤホヤのやつまですぐに丸めてしまう、その職人技に驚いた。
(ネットで調べたら、これはどうやら大事な燃料になるらしい)

他にもオレンジの袈裟を纏った修行僧や、地べたで気持ちよさそうに寝てる人、
ガンジス川で一生懸命洗濯している人、地面に干されている洗濯物、
くそ上手い日本語で話しかけてくる少年。そんな場所で自由気ままに生きている牛達。
ちょっと歩いているだけで様々なものに出会えるバラナシは、ただ歩くだけで面白かった。

今度は通りに入り、まずはインド服探し。
ガイドブックに載っていた「Jyoti Dresess」を見つけると、
俺は楽々パンツ、ちぃはスカーフに巻きスカートをゲットした。
値段はちょっと値切って合計700ルピー程度。
もっと値切る人もいるだろうが、ただでさえ安いのに、と思うとそれだけで十分だった。

その後散策していると「日本人ですか」と声をかけてきたインド人。
聞くとバラナシで有名な日本人宿「久美子ハウス」の従業員らしく、
日本語の本屋もやっているよ、というので面白そうだから付いていってみる事にした。

中に入ると、ガイドブック、小説、神話、宗教の本と幅広く揃えられた本棚。
せっかくなので、インドの神様の本を読んでみる事にした。
読み始めると意外に面白いインド神話。
あまりにも多過ぎてほとんど頭には入っていないが、
ガンジス川もガンガーという女性の神様なことが驚きだった。

本を読み終えると近くのレストランでランチタイム。
日本人が多いのか親子丼までメニューにあり、
外を見ると牛が普通に歩いているのが面白かった。
きっとここに定住しない限りこの光景に慣れることはないだろう。

ランチを食べ終わると、
最も賑やかなメインガートである「Dashashwamedh Ghat(ダシャーシュワメード・ガート)」へ。
ガートとは川辺に造られた堤のことをいい、バラナシにはあるガートの数は84。
その最初と最後のガートの名前を繋げると「バラナシ」になるらしい。

ガートに到着すると早速ひっきりなしにやってくる客引き。
大半はボートの勧誘で後はお店の勧誘や物売りだ。
それにしても多い。
ウザい国ダントツNo.1に挙げられる国だけあって、その数は相当なものだった。
これはさすがにいつも対応してしまう俺でも今回はキリがない。
ここまできたらもうあの技を使うしかなかった。

徹底したシカト。

それも耳が聞こえないんじゃないかという程のシカトだ。
もはや何も見えていないし、何も聞こえない。
それくらいの技を使っても、なかなかしつこい奴はしつこかった。
仕舞いには「Don't come India!!!」と日本語が達者過ぎるムカつく子供に言われたが、
それすらシカトしてその場を離れた。
さすがにこれ言われた時はマジムカついたけど、、、

それでも異様な光景が広がるバラナシは面白かった。
今まで行ってきた国が霞む程異国感がハンパない。
もう全てが違うんだろうな、という濃さが尋常じゃなかった。

そのままガンジス川沿いを歩き続けてたどり着いた火葬場。
ここがまた衝撃的だった。
一日中煙を上げながら24時間体制で休む事なく動き続け、
一日に焼かれる人の遺体は200体。
一人を焼き切るまでにかかる時間は3時間という。
今は電気式の火葬場もあるが、圧倒的に人気なのは木だけで焼かれるこの火葬場。
木で焼かれる方が香りも良く、きれいに焼けるらしい。
しかも更に驚いたのは火葬場のすぐ近くには死を待つ人々の施設が併設されていることだった。
沢山の人達が聖なる川に自分の骨を流してもらうために、ここに集まってくる。
なぜか女性の姿が一切なかったのが不思議だった。

火葬場を後にすると、今度はバラナシで一番人気のラッシー屋「BLUE LASSI」探し。
ネットで調べるとどうやらここが一番人気なのだが、
いかんせんバラナシだけあって、正確な場所が分からなかった。
得られた情報は火葬場の近く。ということだけ。
そんな頼りない情報を元に探すBLUE LASSI。
細い路地をひたすら歩き回り、もう無理か、という時に
奇跡的にBLUE LASSIと書かれた看板を発見した。

これだ!!

テンションが上がり、看板を見つけた道を曲がると
ついに発見した一面青の壁で造られたBLUE LASSI。
韓国人に人気らしく店内は韓国語に溢れていた。

いやいや、なんとかたどり着けるもんだね、
と話しながらとりあえずコーヒーバナナラッシーとリンゴラッシーを注文すると、
お兄さんが黙々とヨーグルトみたいなものをボウルで丁寧に潰し始めた。

ベンチに座り出来上がるのを待っていると、
店の前の通りでは音楽が流れながら定期的に担架のようなものが運ばれていた。
木で出来た簡易的な担架にはオレンジの布がかけられ紐で縛られている。
周りには花の飾りも付けられ、
遺体が運ばれていることはすぐに分かった。

そんな中出てきたのは飲み物というより濃厚な飲むヨーグルト。
絶妙な食感と果物も美味しく、初めて食べるタイプのラッシーだったが、
何よりも食べながら目の前で遺体が運ばれていく光景が不思議でならなかった。

食べ終わると、今日はもう宿へと引き返すことに。
途中からまたガートに入り次から次にやってくる客引きをシカトしていたが、
一人だけ嫌な感じがしない奴がいたので俺が対応してしまった。
ちぃを見ると明らかに疲れ気味。
お疲れモードのちぃには悪いなとも思いながら日本語での会話が始まった。

男の名前はキサで、年齢は20歳くらい。
どこにでもいるような普通の若者に見えるし、雰囲気的に良い奴な気がした。
話し始めると、やたら日本の芸能事情にも詳しいキサ。
ファンキーモンキーベイビーのケミカルがこの前来たよ、とか、
長澤まさみも来てたし、大沢たかおも見た、とか、
更にはうちらだって最近知ったスギちゃんをすでに知っていたり。
俺のプライベートにもやたら突っ込んでくる。
まぁでも嫌な感じがしなかったため、
ずっと会話を続けていると色々な疑問点も解決することができた。

外を自由に闊歩している牛達は夜になると誰かが一定の場所に集め、
エサもちゃんと与えていること。
ってか牛だけじゃなくてイカツイ奴はバッファローだったこと。
(バッファローのミルクの方が味が濃く、乳製品に加工するには適しているらしい)
火葬場に女性の姿がないのは、
女性がその場にいて泣いてしまう事でその人が成仏できないからということ。
ガンジス川の対岸にもちゃんと村が存在していること。

特に一番自分との違いを感じたのは、前世や来世など輪廻転生が
当たり前のこととして捉えられている事だった。
現世は現世、良い行いをすれば来世はもっと良くなる、という考え方。
現状にはあまり不満を抱かず、来世への希望に託した生き方。
悪く言うと向上心がないようにも見えたが、それはそれで幸せなのかもしれない。
どちらが良いかなんて分からないが、人としてここが一番違いを感じるポイントだった。

一通り話し終えると、最終的にはやっぱり自分のお店の勧誘になったが、
ちょっと疲れてると言うと、その後は全くしつこく勧誘してこないキサ。
別れ際に「日本語を喋るインド人には気をつけた方がいいよ」と言ってきたのが面白かった。

他にも旅行の写真を見せた時に「イタリアきれいだね」と言っていたのが頭に残る。
バラナシから外国に出る事はホントに難しいんだろうな。

宿に戻ると、今日もLotus Loungeでパスタとチャイを頼み、終了。


12月14日、
今日は朝5時頃に起きると、昨日お願いしていた早朝ボートツアーへ。
ツアーといっても小さなカヌーで漕ぎ手兼ガイド一人とうちら二人だけなのだが、
せっかくなので早朝から始まる沐浴を眺めるために参加してみた。

宿を出ると相変わらずの霧。
それでも昨日に比べればまだマシだった。
この時期は日の出も日の入りも見る事はできないし、昼になっても視界がクリアになる事は少ない。
むしろ霧なのかなんなのかも分からない白いモヤ。
ちぃはバラナシに到着以来ずっとマスクをしているが、
さすがに朝のボートは俺もマスクを着用する事にした。
それと霧以外にもう一つ意外だったのはこの時期のバラナシは寒いということだ。
暑いと思っていたら、ダウンを着る程の寒さ。
まぁ夏は50℃まで上がるというから、それなら寒い方がいいけど。

ガイドに連れられボートに乗り込むと、まずは近くの小さな火葬場へ。
ガートに目をやると、思ったほど沐浴している人は少なかった。
他にも多くのボートが朝の沐浴を眺めに出ているため、
霧にまみれたガンジス川沿いの風景を見るのもまた幻想的で美しい。

昨日見た火葬場まで進み、後は引き返し始めると徐々に増えている人々。
この寒い中服を脱ぎ、ガンジス川に身を埋めお祈りを捧げている。
もちろん女性は衣服を着たままだが、それでも多くの人々がそうしている姿は印象的だった。
人々にとってどれだけこの行為が大事なものなのかが伝わってくる。
中には風呂代わりにしている人もいたけど。

朝のボートを終えると、屋上で朝食を食べ、プラプラ散歩。

ランチはガイドブックに載っていたカフェ「i:ba Cafe」へ言ってみる事にした。
外に出ると相変わらず牛がノソノソと道路を歩いている。

完全に邪魔だ。

それでもインド人にとっては神聖な生き物。
さぞかし大事にしているのかと思っていたら、
クラクションはガンガン鳴らされるし、手でペチペチされるしで、
散々な目に遭わされていた。
ホントに神聖な生き物なのだろうか。疑問だ。

目当てのi:ba Cafeはなんと日本語メニューまで用意されていて普通に美味しかったが、
帰ってから飲んだ宿の隣のチャイが美味しかった。
しかも一杯5ルピー。
日本円に換算したら10円もしない。
それを一生懸命丁寧にいれてくれる貫禄のあるおじさん。
いったい一日に何杯のチャイを作るのだろうか。
きっと長年このお店で一人でチャイを作り続けているんだろうな。

そう思って話すと、おじさんは25歳だった。

若っ!!
ってか俺より年下だし。

まさかの年齢に驚かされたが、チャイがホントに美味しかった。
そのことを告げると、はにかむような笑顔を見せてくれたことがなんか嬉しかった。

部屋に戻ると、気になっていたのが列車のチケット。
どうやらこの時期はハイシーズンらしく、昨日の時点で空いていた席は1席だけだった。
オーナーが一生懸命探してくれて、今日の朝一で取りに行っていたので、
それが気になっていると、どうやら列車のチケットを無事ゲットしてくれたとのこと。
(変更点はバラナシ→アーグラが夜行ではなく15日の朝発になったこと)
良かった、これでアーグラもデリーも無事行くことができる。
チケットを受け取ったときの安堵感はハンパなかった。
これが取れなかったら一体何で移動すればいいかが分からない。

安堵して部屋でしばらくゆっくりすると、次は夕方の儀式に合わせたボートツアー。
メインガートではアールティと呼ばれるガンガーに火を捧げる儀式が毎日行われているのだ。
朝と同様ガートからボートに乗り込み始まったボートツアー。
今回のガイドの人はよく喋るし、自分の奥さんや子供の写真を見せてくれるなど面白い人だった。

しばらく進み、ボートを停めると夕方6時過ぎから始まった儀式。
結婚前の若い上流階級5人の男性によって、火や鈴、杯、太鼓を使った儀式が行われている。
それを見守る多くの人々に観光客。
うちらの後ろにいた女性が深くお祈りを捧げている姿も印象的だった。

ボートツアーが終わると、またさっきのチャイ屋で一杯。
遊びにきた子供と一緒にみんなで写真を撮って部屋に戻ると、
バラナシ最後の夜もLotus Loungeで夕飯を食べて終了。


それでは写真のハイライトで。


















ガンジス川沿い





通り











Dashashwamedh Ghat





BLUE LASSI


キサ












朝の沐浴ボートツアー






宿の隣のチャイ屋





夕方の儀式